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大阪地方裁判所 昭和46年(手ワ)155号 判決

原告 桑原温

右訴訟代理人弁護士 岡田和義

右同 木村五郎

右同 臼田和雄

被告 松尾瑠璃子

右訴訟代理人弁護士 渡部繁太郎

右同 渡部良昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、当事者間に争いのない事実

原告が本件約束手形一通を所持していること、原告が右手形を満期に次ぐ二取引日内に支払のため支払場所で呈示したことについては当事者間に争いがない。

第二、被告の手形振出の成否

一、本件約束手形一通を被告が振出したか否かにつき検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、

吉成壮一は昭和四〇年頃バーのマダムの紹介で被告と知り合い妻子がありながらその頃から昭和四五年八月頃まで被告と内縁関係に入り諸々を転々として暮していたが、その間、昭和四四年八月頃の勤務先会社を退職した頃、被告が大阪市内北新地でスナックを開店することになり吉成も少なからぬ金員を拠出して被告を援助したが、会社退職後は金銭に窮しこれまで手交していた月五万円の生活費も渡さなかったことなどから不仲となり別れ話が出て紛糾を続け昭和四五年八月頃は、夜遅く被告方マンションへ赴き玄関を開かない被告に対しブザーを鳴らし続けたりして嫌がらせをしたこと、昭和四五年八月六日午後一〇時頃被告方の同居人松村やす子が帰宅し、浴室の鉄格子がはずれていることなどから不審に思い盗難届を翌朝なしたこと、本件約束手形は、被告が前記スナックを開店するに当り昭和四三年一〇月頃住友銀行から借受けた三〇〇万円の一部を不動産業者に分割返済するに際し、その分割金支払のため約束手形五通を振出すことになり、同銀行から手形用紙七、八枚を買い受けて、五通分を各三〇万円の金額として署名捺印して手形を振り出したこと、残存した手形用紙数通についてもその際一括して振出人欄に被告の印章を押捺しており、そのうち一通は自己の署名をも了したが他の手形用紙は所要事項の記載は全くなさず、しかも、前記分割金の支払には五通で足りたので、この手残手形用紙は不要となったのであるが、他に使用する目的もなく何となく書類箱の底に保管していたところ、前記盗難の際この手形用紙、被告の印章を何者かによって盗取されたこと、右吉成は何らかの方法でこの手形用紙を入手し、そのうち、振出人欄に捺印のみなされている手形用紙の一通に勤務先の会社女子事務員岡田直子に振出人欄に松尾瑠璃子と冒書させ、その他金額、振出日、満期欄など所要事項を記載させたうえ、知人の桑原恭平を通じその実父である原告から借り受けた貸金一〇〇万円の支払のため事情を知らない原告に本件手形を交付したことの各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二、前認定の各事実に照らすと、被告は他の用途に使用する目的で入手した手形用紙の振出人欄に捺印のみしたもののうち、不要となった分を、他に流通におく目的もなく書類箱に保管していて盗取されものであるから、被告が本件約束手形を振出したとはいえないことは明らかであり、被告が本件手形を振出したとの原告主張に副う≪証拠省略≫は前記のとおり措信できないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。

すなわち、手形振出は、流通におく意思で約束手形に振出人として署名または記名押印することにより成立し、その際他の手形要件の記載がない場合には白地手形の振出行為が成立するのであって、とくに振出人またはその代理人が手形を他へ交付ないし預託する必要はないものと考える。(最判昭四六・一一・一六民集二五巻八号一一七三頁参照)しかしながら、手形振出には流通におく意思と少くともこれによる記名押印が必要であって(手形法八二条、一条八号、七五条七号)、流通におく意思を欠く場合や、単に記名または捺印のみをなしたにすぎないときには手形振出行為は成立しないものといわねばならない。もっとも、記名はその代替可能な性質から他人にその代行を委ねることもでき、流通におく意思で手形に捺印のみをし、記名その他の手形記載事項全部を空白とした場合でも、これを記名の代行を委託する意思で他人に交付した場合には、その受託者において記名をなしたときに手形振出行為が完成するのである(最判昭三七・四・二〇民集一六巻四号八八四頁参照)。そして、前認定のとおり、本件約束手形は、被告が捺印したものであるけれども、被告においてこれを流通におく意思があったとは認められないばかりか、被告が記名をしたものでもなく、記名の代行権限を他人に付与する意思で本件手形を受託者に交付したものでもないことが明らかであるから、被告が本件約束手形の白地振出をなしたものとはいえないのである。

第三、結論

以上のとおりであるから、被告に対し本件約束手形の振出人として手形金の支払を求める原告の本訴請求がその理由がないことは明らかである。よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春)

〈以下省略〉

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